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2018 .07.16
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おなじみ物書き友人のオキムラ繭との会話で出た話題なのですが。
文学ってのは、登場人物の心理を情景描写で表すものだそうです。
たとえば主人公に悲しいことがあったなら、
「さっきまで青かった空は、今は汚い鼠色だった。」
↑とか(これじゃあ陳腐ですけどね)。
でも最近の単純愛小説(……)って、主人公が悲しいとき
「僕は悲しかった。」
ってストレートに書いちゃったりするんですよね。
それってつまり説明文ですよね。



よく「行間を読む」って言うじゃないですか。上に挙げた例で行くなら「鼠色に見える空」ってのから主人公の心の落ち込みようを読み取るのがつまり行間を読んでいる訳でしょう。でも、それを「僕は悲しかった。」って書かれたら行間が無くなっちゃう。それじゃあ本を読む楽しみが無いじゃないか!

……って思うのは多分本が好きで、ある程度は読み慣れている人間の考えなのでしょう。わからない人はこれを読んで「空が鼠色なのはわかったけど、主人公はどんな気持ちなの?」ってなっちゃうんでしょうね。「僕は悲しかった。なぜなら○○だからだ。」の方が、そのまんま「ああ悲しかったんだー」と受け止めればいいから楽だって事なのかな。それじゃつまんないと思うんだけどな。





……とかなんとか偉そうなことを言っておいて自分の書いた文章を見てみると、捻った表現とか出来てませんね。
よし、これ目標にします。
「文学的心理描写を身につける!」
経験値を貯めれば(いっぱい書けば)そのうち身に付くでしょう。むん!(←気合い)
ちなみに最近は、課題として提出する第三回脚本のための物語を、まずは小説で書いてます。脚本形式よりもこっちの方が手が進むし、展開も思いつきやすいんです。
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