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2024 .04.28
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カウンター、アクセス解析、足跡解析を別サービスに移行しました。



上記サービスをまとめてお借りしていたサービス「Wanzネット」様が、どうやら終了してしまったらしく、数日前からずっと管理ページが表示されなかったのです。
おかしいなーと思いつつ待っていたのですが、他の利用者の方の「消えてしまったようなので諦めてよそのサービスに移行します」というブログを見つけて、ああそうかもうだめなのか、と泣く泣く諦めることにいたしました。

簡易人気投票的につけていた足跡解析の、おそらく七年分くらい積み重なっていた「読まれた数」記録、かつてうちにリンクしてくださっていた(そして現在はもう無かったりする)サイト様からのアクセス記録がすべて吹っ飛んでしまったことを考えると正直泣きそうなんですが、無料でこれだけ使わせていただいていたのですから、今までの感謝の気持ちだけを胸に、潔く諦めます。
新しいサービスは、このブログをお借りしている「忍者ツールズ」様をごそっと利用させていただいています。カウンタは、13,000まで行っていたことだけは憶えていたので、そこから再スタートとしました。



これからもよろしくお願いいたします<忍者ツールズ様
そして、これからもよろしくお願いいたします<お客様
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春日武彦の『顔面考』という本を読みました。表紙のインパクトでふと手に取り、裏表紙を見ると「観相学、替え玉妄想、ドッペルゲンガー、生来性犯罪者、醜形恐怖、人面犬・人面疽、整形手術、マンガやミステリに描かれた顔……博覧強記の精神科医が、比類なき視座から綴ってみせた、前人未踏の〈顔〉論」だそうで。
その中に、面白いことが書いてありました。
「十九世紀のはじめまでは小説のなかにヒロインの顔の描写というのはほとんど見られない」。

十九世紀のはじめにはヨーロッパで観相学ブームが巻き起こったのだそうです。なぜそんなブームが、というと「都市の巨大化、すなわち人口が都市へ大規模に流入するようになった(中略)互いに得体の知れぬ者(すなわち『見知らぬ顔』の持ち主)同士が出会うことが日常茶飯事となり、そうした際に相手を見定め、見極めるための手引きとして観相学はもてはやされることになったらしい」です。内面を見ることはできないから、せめて表に出ている顔からそれを推し量れないかと考える。その意識の変化の影響を受けて小説も、容姿を描写することによって登場人物の内面を表現することを試み始める。

現実では顔と内面は必ずしも一致しませんよね。だいたい、表情が性格を表すっていうのは納得いきますけど、観相学ってそういうことじゃないじゃないですか。目の幅がどうとか鼻の長さがどうとか黒子の位置がどこだとか、取り上げられているのは顔の「作り」じゃないですか。それで人格や運命を判断できるっというのは、薊野は信用していません。
ただ、小説においては容姿の描写って、登場人物の人格と結構直結しているのではないでしょうか。ていうか、小説の登場人物を決める時に容姿から入ることってあんまりないと思うんです。まずストーリーがあって、その物語の中で楽しく動いてくれそうな登場人物を考え出して、このひとってどんな顔してるのかなーと考える。人物と物語はひっくり返ることがあるだろうけど、「まずこんな顔をした人がいる。この人ってどんな性格してるんだろう、どんな出来事に遭遇するんだろう」っていう順番で考えることって、メディアの形態からしてほとんどないんじゃないかと思うのです。となると当然、その人物の内面を表に出す入口というか、スクリーンとして設定することになりますよね。

振り返って、サイトに公開している自作を考えてみると、具体的に容姿の描写してるのって『鼓動』くらいじゃないかと思います。あれで主人公・鼓動屋ちゃんが「人間離れしています」というのを主張する手段として綺麗だ綺麗だと書きました。でも他の、普通の人間の容姿描写にはあんまり気合入れていません。苦手っていうのももちろんあるんですが(誰かに似てるとかじゃない、存在しない人間の顔を一から考え出すのってすごく難しい)、読んでくださった方が、発言や行動から「こいつは多分こんな感じ」と想像してくださればそれでいいと思っているので。
それよりも実はちょっと気にして考えているのは、(嫌な言い方ですが)「容姿の偏差値」です。普通よりちょっと綺麗か、すごく整っているか、ちょっと崩れているか、かなり自信が持てない顔か、良くも悪くも特に話題にならないくらいの「中の中」か。なぜかって、それによって周囲からの接し方が変わり、それは性格や、本人から周囲の人間への接し方にも影響を及ぼすと思うから。容姿偏差値が極端な人に容姿にまつわるエピソードが何一つないのは不自然だと思うし。

こういう話になると「映像化」というキーワードが頭を過ぎりますね。芸能人、特に俳優さんっていうのは、容姿偏差値が高い人が多いわけじゃないですか。だから小説内では特に容姿関連の話はないのに映像化してみたら「このヒロインってこんなに美人だったんですか!」とか。そういうのが「あれはミスキャスト」とかいう文句につながるんだろうなーと思います。
そうそう、先日までNHKで放送していた『八日目の蝉』(角田光代原作)というドラマを観ていました。不倫相手の子どもを堕ろして妊娠できない体になってしまった主人公の女性が正妻との間に生まれた赤ん坊(女の子)を誘拐するという設定でして、主人公の女性は檀れいが演じていました。
で、赤ん坊を連れ去ってから数年逃げ続けるので、当然子どもは育ちます。四、五歳になった赤ん坊を演じる子役の女の子と、誘拐犯である檀れいが
……そっくりなんです。
子役の子、小林星蘭ちゃんというそうですが、目のぱっちり感とか、輪郭のふんわり感とか、しかも髪型までおそろいにしてるもんだからもうそっくり。これはどうなんだ、設定的に駄目じゃないのか? むしろ似ていなければ似ていないほどいいんじゃないのか?
原作は読んでないんですが、この二人が顔そっくりだという設定にはきっとなっていないはず。現実には「他人のそら似」っていう言葉はありますけど、でもここは似てたら駄目だろ。



長々書いてしまいましたが、まあ、顔って難しいなーっていう話でした。
「A thistle head」八年目突入です。

築六年の書き込みを見てみたら、この時に『ジルコニア』始めてたんですね。
一年も経ったというのにこの進み具合の遅……ごにょごにょ。美樹さんだって最初にこの話考えた時には「大人のおねえさん」というつもりで設定したのにもう私より年下……ごにょごにょ。

毎年言ってますけどパソコンが置いてある部屋が寒いので、冬場はどうにも執筆が止まりがちなのですが、そろそろ暖かくなってきましたので、ぼちぼち再開しています。更新のしやすさからやっぱり『ジルコニア』ばかり書いてしまうのですが、『柳屋営業中3』も七本セットの短編連作一本目も、友人るまちゃんからネタをもらった短編(久しぶりに子ども向けほのぼの系)も書きかけなので、何とかそっちも進めたいなーと思っております。
もちろん、更新の早さが売りの『ジルコニア』(自分の首を絞める発言)も積極的に更新します。というか今まさに更新しました。本当はもうちょっと先まで進めたかったんだけど、日付が変わってしまってはどうしようもないので今日はここまで。もうちょっとで若干動きが出る予定なので、早くそこまで書きたいです。



A thistle headは、こんな感じでのらりくらりと継続中です。
今後ともご愛顧のほど、どうぞよろしくお願い申し上げます。
うちの職場は、私のデスクのすぐ後ろが、ちょっとした打ち合わせスペースになっています。空いている時には、そこで雑談をしている人たちもよく見かけます。
今日も、そこまで急ぎでもない書類をかたかたと作っている私の後ろで、お兄さん二人(Hさん、Oさんとします)がお話されていました。



Hさん「2ちゃんねるでさ、小説を書いてる人がいるのよ。実話って体で」
Oさん「自分の体験談、みたいな感じで」
Hさん「そうそう。でもね、こっちから見るともう完全に小説なんだよ。うっすーい内容の。もう、そこらへんに転がってるネタをくっつけただけみたいな。でもそれがすっごい受けてて、感動しましたとかいっぱいレスついてて、まとめサイトとかどんどん出てんの」
Oさん「感動のラインが低いってことですかね」
Hさん「それもあるだろうけど、メディアの特性の違いっていうかな。たとえば、本で読んですごくいいと思うような文章って、ネットであんまり見かけないんだよね。ネットに載せるには難解すぎちゃう」
Oさん「簡単じゃないといけないというか」
Hさん「本って、たとえば中学生の時に読んで訳分かんなくても、大学生になってまた読み返して、そこであぁ~って分かったりするじゃん。でもネットだと、数年後に読み返すっていう前提じゃないでしょ。すぐに紛れちゃって、もう探さない」
Oさん「一回読んですぐに分かるものじゃないと」
Hさん「そうそう。しかも、数分ごとに一つ面白い、みたいな速さが求められる」



ただ内容が良ければそれだけでいいわけじゃない、メディアごとの見せ方、表現の仕方。
私は、やっぱり本を読んで育ってきた人間ですし、書籍っていう携帯に憧れやら思い入れやらもありますし、何度も読み返してもらえる文章を書くことを目指して、今もこうして小説を書き続けているわけですが。
もしも今後、紙媒体に替わって電子出版が主流となるような時代が来たなら、その頃のプロ物書きに求められる文章は今とは違ってくるのかな、と、考えてみたりもするわけです。
より簡単に、より単純に?
うーん。





ちなみに「実話っていう体で書いてる小説」について。
Hさん「実話かどうかは、俺は『偶然』の回数で判断してる」
Oさん「多いんですか?」
Hさん「多い多い。実際には偶然なんてそうそう起こらないよ。俺、今まで四十年近く生きてきて、偶然なんて一、二回あるかないか。それを数ヶ月のうちに二回も三回も『偶然』があったら、これはフィクションだろーって」
き、気をつけまーす!

(一応「奇跡は起きない」っていうのは信条としてあるので、偶然の乱発もしてないとは思うのですが……どうだろう。「偶然」と「設定」の境目って難しいよね!)
タイトルの通り、あざみの花内に『ジルコニア』の説明ページを設けました。
それと同時に、メニューページの更新履歴に『ジルコニア』の進行履歴も載せることにしました。
今までの説明不足不親切仕様だと、初めてうちにいらしてくださったお客様には『ジルコニア』の存在が完全無視されるのでは、と気づいたので、焦って突貫工事。
これで読んでくださる方が一人でも増えればいいなぁと思いつつ。



あ、今日は更新してませんけど、内容もちゃんと進めますよ。
早くあの人が出てくるところまで進めたいなぁ。ふふふ。
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